大腸がんを生きる仲間

いのちの輝き・3人のあなたへの手紙 
― 写真家 井上冬彦氏のサバンナからのメッセージ ―

その1「もう僕の患者でなくなったあなたへ」

前略

もう何年前になるでしょうか。
僕の病院を訪れた君は、病気と闘うことに少し疲れているようでした。
まだ、20代の半ばだというのに。
「どうして私だけ、こんな病気になってしまったんでしょう」
そう言って唇をきつく結んだ君に、僕は言いました。
「私は、あなたは自己発見の場をもらったのだと思いますよ」と。

――なぜ、こんな病気になってしまったのか。
思いもよらない病名を告げられた時、誰もがそう思うでしょう。口惜しさや、やりきれなさとともに。
でもね。
じつは、病気っていうのは、ほんとうの自分を知るチャンスなのではないでしょうか?

「ほんとうの自分」
それをわかっている人が、どれくらいいるでしょう。
生まれた時は、みんな「ほんとうの自分」のままなのに、
両親の価値観や、社会の常識や、人との軋轢や…いろんなものを通り抜けて成長する間に、人はたくさんの鎧(よろい)を身につける。
そしていつの間にか、ほんとうの自分が求めているものを抑えこみ、
ほんとうの自分を生きることを忘れてしまう。
そのせいで、心が、身体が、歪んでしまうのです。
そして、潜在意識のなかに刻まれた、幼い頃の傷。
自分らしさを殺しているがゆえに、そして自分を愛せないがゆえに積み重なるストレス。
身体がほんとうに求めていないものを、求めていないやり方で食べ続ける食生活。
鎧のなかで、ほんとうの自分は、声をあげています。
「そうじゃない!戻ってきなさい!」と。
そして、病気や症状が、時にそのメッセージであることに、僕は気づいたのです。


アフリカのサバンナで、僕は、動物が現れるのをいつまでもいつまでも、じっと待ちます。
どこまでも続く空、流れゆく雲、すべての生命を受け止める母なる大地。
その大きな自然のなかに自分をゆだねて風を感じている時、僕は自分の鎧が取り去られていくのを感じます。

カメラの向こうに見える動物たちのいのちの輝きに何度も魂を揺さぶられ、そのたびにまた、鎧がはがれ落ちていくのを感じます。
そんな時、ほんとうの自分の声が、はっきりと聞こえてきます。
僕がほんとうにやりたいことはなにか。
僕はどう生きたらよいのか。
そして、その声に耳を傾けて生きていくうちに、だんだんと癒されていく自分を感じるのです。

あの時、僕は言いましたね。
「あなたの病気を治すために必要な治療は、ここにあります。
医学は、あなたの症状をなくし、痛みを和らげる力を持っている。そしてその力は、人間の努力によって日に日に進歩し、強くなっています。
まずは、この治療で病気を治そう。
僕の治療の第一の目標は、あなたが社会に復帰することです。
でも、ほんとうの目標は、この病気をきっかけに、あなたがもっと自分に気づき、自分を理解し、自分を愛することができるようになることです」と。


ちょっと嫌そうな顔をして僕の話を聞いていた君。「この前、先生に薦められた本、読みました」と言ってきた頃から、少しずつ変わりはじめました。
2年を過ぎた頃、「先生、薬をやめてみたいんですけど」と言い、3年目には、ほんとうに薬をやめてしまいました。
そして今、君はそれまで勤めていた会社をやめて資格を取り、医療の仕事をしていますね。「人を癒す仕事がしたい」と言って。

君を思い出す時、僕は「癒し」のほんとうの意味について考えずにはいられません。
癒しとは、ただ受身で、誰かにやってもらうものではないのでしょう。
病気をきっかけに、ほんとうの自分をとりもどし、自分を愛し、自分の生き方に誇りを持って生きている今の君こそ、ほんとうに、癒されているのだと思います。