大腸がんを生きる仲間

いのちの輝き・3人のあなたへの手紙 
― 写真家 井上冬彦氏のサバンナからのメッセージ ―

その3「僕を導いてくれたあなたへ」

前略

「私のいのちは、私のものじゃないんですかねぇ」
あの頃、あなたは、何度も僕に問いかけましたね。

「私の本当の病名は、がんなんでしょう?」
入院以来、何度否定しても、何度諭しても、病棟中のスタッフを誰かれ構わずつかまえては、すがるようにあなたは尋ね続けていました。

がんの告知がタブーとされていた、大学病院の勤務医時代のことです。

その頃、患者さんは、自分の病気が何であるかも知らされず、自分のいのちの可能性についても知らされず、不安をいっぱい抱えたままで、病気と闘うことを強いられていました。家族もどうしていいかわからない。
そして、不安と不満のまなざしを向けられた僕たち医師も看護師も、じつはどうしていいかわからなかった。

「私はただ、誰のことも疑わず恨まず、納得して、感謝して、死にたいだけなんですよ」僕の顔を見ようともせず、視線を前に向けたままで、あなたは静かに言いました。

「いのちって、何だろう」
そんな医療の現場のなかで、その想いは入道雲のようにもくもくと僕の内で大きくなっていきました。
医者の仲間に言葉をぶつけてみても、答えはくれませんでした。誰も、そのことをきちんと考えたことがないように見えました。いや、考えないようにしていたのかもしれません。

その想いを抱えたまま、僕は、東アフリカのサバンナに向かい、動物たちのいのちの営みを見つめ始めました。
サバンナの掟は“弱肉強食”。弱い草食動物はどう猛な肉食動物の餌食になる、というわかりやすい構図で僕は動物たちを見つめていました。
しかし、よく観察していると、サバンナでは、たくさんのいのちが生まれ、たくさんのいのちが消えますが、強いはずの肉食動物が増殖し過ぎてしまうこともなく、弱いはずの草食動物が種を滅ぼすこともなく、調和を保って生きていました。サバンナのいのちの掟は、“弱肉強食”ではなく、“ともに生きる”という調和にあるということに僕は気がついたのです。
心が揺さぶられました。

大自然のなかで、大地と、風と、そして動物たちと同化し、調和しているうちに、僕は、いのちは“個”だけのものではない、ということに気がつき始めました。動物も、木も草も、土も、水も、もちろんヒトも、すべてがひとつの大きないのちのなかでつながっているのではないか、と。
その時から、僕は孤独を感じなくなりました。

そして、思ったのです。
今あるこのいのちを最大限に力いっぱい輝かせるのが、“生きる”という意味ではないか。
それならば、死を恐れ、死を避けることばかり考えているのは、今あるいのちを本当に生きていることにはならないのではないか、と。

生きるとは、いのちを輝かせること。

そして、医療にできることは、患者さんのいのちを輝かせるお手伝いではないのか。
病気が、いのちを輝かせるきっかけになることもある。
その時に、輝きへつながる道を拓いてあげること、いろいろな道があることを知らせ、示してあげることが、僕の仕事なのではないかと思うようになりました。

じつは、あなたには感謝の気持ちでいっぱいなんです。
あなたは、僕にほんとうに、いろいろなことを教えてくれた人でしたね。

僕は今もまだ、いのちについて考え続けています。
きっと、いつまでたっても、答えは出ないのかもしれません。
けれど、昨日よりも今日、今日よりも明日、何かに気づき、学びながら、僕のいのちも、患者さんのいのちも、輝かせていけたらと思っているところです。

ほら、僕もずいぶん変化したでしょう?
きっと、あなたは、笑って見ていてくれますね。