大腸がんを生きる仲間

「がんになって改めて知った、走ることの意味」(2)

 テレビ・ラジオで放送される駅伝やマラソンの解説者としてもおなじみの金哲彦さん。その体に大腸がんが発見されたのは、金さんが42歳のときでした。 それから5年、今でも現役のランナーとして走り続ける金さんは、どのようにして病を乗り越えてきたのか。また、金さんにとって走ることの意味とは何か。じっくり語っていただきました。


第2回 マラソン完走は、自らの健康の証

術後1年足らずでフルマラソンに挑戦

金 哲彦(きん・てつひこ)氏

 大腸がんの手術から約11カ月後。私はオーストラリアで開催されたゴールドコーストマラソンのスタートラインに立っていました。このとき私の頭にあったのは、「必ず完走するぞ」という思いだけでした。

 私は、毎年、このレースに参加する市民ランナー向けのツアーに、コーチとして同行していました。その年も、あくまでコーチとして、参加者をサポートするだけの予定でした。
 ところが、現地に着いたら「自分も走ってみよう」という気持ちが突然わいてきたのです。

 手術の後は、短い距離とはいえ走っている間は、がんの再発・転移に対する恐怖を忘れることができました。しかし、恐怖がなくなるわけではありません。
 でも、以前のようにフルマラソンを完走できたなら、「自分の体にもっと自信が持てるのではないか」、「恐怖を払拭できるのではないか」、そう思ったのです。

脚の痛みさえも喜びに

2009年ゴールドコーストマラソン

 ゴールドコーストマラソンのスタートラインに立ったとき、私は今までにない緊張感を感じていました。自分にとっては、新しい人生のスタートと言ってもいい、特別なレースだったからです。

 スタートの合図とともに、ゆっくりと走りはじめました。このマラソンの制限時間は6時間10分ですから、それまでにゴールするのが目標です。時計を確認しながら、ゆっくり走りました。

 ジョギング程度のペースでしたが、それでも練習不足の体は徐々に悲鳴を上げはじめます。20キロを過ぎたあたりから、ひざの横にある靱帯が痛み始めたのです。
 いつもなら、悔しい気持ちになるところですが、そのときは違いました。うれしかったのです。痛みがあることがうれしいのです。
「自分は脚が痛くなるくらい走れている!」そう思うと、痛みさえも大きな喜びになりました。

2011年ゴールドコーストマラソン

 30キロを過ぎたあたりで、その痛みは激痛に変わりました。残り12キロは、すべて歩くことにしました。時計を確認し、歩いても制限時間に間に合うだろうという計算ができていたからです。
 左脚をひきずりながら歩いた約2時間の道のりも、私にとってはうれしいような楽しいような、得難い時間となりました。

 その後、沿道の人が増えるゴール前の1キロだけは「ランナーとして、みっともない姿は見せたくない」、その気持ちだけで走り抜き、ゴール!
 タイムは5時間42分。記念すべき、けれども誇り高き自己最低記録の更新でした。

 このゴールは、大腸がんの手術から現在までで、一番うれしかったゴールでした。
 苦しんだ分、「フルマラソンを走り切れた」「マラソンランナーに戻れた」という大きな達成感がありました。

フルマラソンを走り切れた、それは健康の証

2011年バンクーバーマラソン

 フルマラソンを走り切れたことはまた、自分への自信につながりました。健康なときの自分を取り戻せたような気持ちになれたのです。

 もちろん再発や転移の危険がなくなったというわけではありませんから、そういう意味で、私は現在進行形のがんを抱えた病人かもしれません。
 でも、フルマラソンを走り切れるということは、普通なら健康体だと言って差支えないのではないか?

 私は自分がゴールドコーストマラソンを完走できたことで、自分のことをこう考えられるようになりました。
「病気かもしれないが健康でもある」

 人間だれしも病気になる可能性はありますが、自分が健康だと実感できる何かがあれば、自分に自信が持てます。生きていると実感できます。

 それが私にとっては走ることなのです。

走ることの楽しさをもっと多くの人に知ってほしい

金 哲彦(きん・てつひこ)氏

 もちろん、人にとって病気になることは悲しいことです。失うものもあるでしょう。
 でも、それだけではありません。病気をしたことで、新しい人や、生活に出会うこともありますし、それまでと違う考え方ができるようになることもあります。

 私は大腸がんになったことで、自分にとっての走ることの意味を、走ることの魅力をあらためて考え直すことができました。純粋に走ることが好きになれたのです。

 今、私は走ることが楽しくて仕方がありません。
 1年間に走るフルマラソンの数が、がんになる前よりも増え、2010年は8回もフルマラソンを走りました。

 マラソンを完走したときの喜びはほかでは味わえないものです。苦しんだ分、普段の生活では味わえない達成感、満足感があります。

 また、マラソンという目標があると、毎日に緊張感が生まれますし、意識的に生活するようになります。
 例えば、練習時間を捻出するために規則正しい生活を心がけたり、食べ物に気をつけたり。「走ることで人生が変わった」という人も少なくありません。

 他のスポーツと違って、走ることは誰にでもできます。
 とにかく前に進んでいれば、だれでもいつかはゴールできます。
 順位に関係なく、ゴールした人はみんな大きな達成感を得ることができます。

 そんな達成感をもっと多くの人に味わってもらうため、もっともっと楽しく走れる市民ランナーを増やすこと。それが今の私の夢です。


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プロランニングコーチ 金 哲彦(きん・てつひこ)Profile

1964年、福岡県生まれ。早稲田大学で競走部に所属。箱根駅伝では1年から4年連続で5区の「山上り」を担当。3、4年時には連続で区間賞を獲得。卒業後はリクルートに入社し、「リクルートランニングクラブ」を設立。社会人としてマラソンを続ける。92年には同クラブのコーチに、95年には監督に就任し、強豪クラブの基礎を築く。2002年にNPO法人「ニッポンランナーズ」設立し、代表に就任。プロのランニングコーチとして市民ランナーからオリンピック選手まで幅広く指導。駅伝やマラソン中継の解説者としても活躍。著書に『金哲彦のマラソンレース必勝法42』(実業之日本社)、『金哲彦のウォーキング&スローラン』(高橋書店)など多数。


「ジョギングのススメ」(2)〜30分走れるようになることを目標に

 歩くことで体力がついたら少しずつ走りはじめましょう。歩くより少し早いくらいのペースでゆっくり走ります。そのときのポイントは以下の3つです。

  • 走りやすいよう、必ずランニングシューズを履いて走る。
  • 「30分のうち10分歩いて、5分走って、15分歩く」ところからはじめて、走る時間を徐々に延ばす。
  • 筋肉痛があるときは無理に走らず、体を休める。

 はじめに無理をすると、足を痛めてしまい、走るのがいやになってしまいます。気持ち良いと感じるペース、時間を心がけること。まず目標を30分間走れるようになることに置きましょう。それが延びて1時間走れるようになったら、あなたも立派なランナーです!

正しいランニングフォームを身につけよう