大腸がんを生きる仲間

いのちの輝き・3人のあなたへの手紙 
― 写真家 井上冬彦氏のサバンナからのメッセージ ―

その2「写真展で出会ったあなたへ」

前略

数年前、写真展の会場で、僕はスーツ姿のあなたの背中が、いつまでたってもピクリとも動かないのに気がつき、目が離せなくなりました。
あなたは、一枚の写真の前に立ったまま、30分たち、40分がすぎ、他のお客さんがちょっといぶかしげな視線を投げるのにも構わず、そこを動こうとしません。

それは、アフリカの空と大地を黄金色に染めながら姿を現す、朝日の写真でした。万物にエネルギーを与える大きないのちの光を受けて、動物たちのシルエットがくっきりと浮かび上がっています。

「ああ、これは…涙が出ますね」
後ろからおずおずと声をかけた僕に驚いたように振り向いたあなたは、そこに立っているのがその写真を撮ったカメラマンだとわかると、ちょっとはにかんだように笑ってそう言ってから、頬につたっていた涙を慌てて手のひらでぬぐい、大きく長い息をひとつ、ふーっと、吐きました。


「僕は2か月前、大腸がんの手術をしたんですよ」
聞くともなく、あなたは話し始めましたね。
僕が胃腸科の医師であることは知らず、たまたま通りかかってふらりと入ってみたのが、この写真展だったこと。
会場にあった僕のプロフィールを見て、縁を感じて写真を見始めたこと。
そして、この写真を見たとたん、まわりの人のことも、時間のことも、すべて吹き飛んで我を忘れてしまったこと。
「どうしてこんなに惹かれるんでしょうか…」まるで不思議なものでも見るように、まだその写真から目を離すことができないあなたの横顔を見ながら、僕は心のなかでこう答えていました。
「それはきっと、あなたが“闇”を知っているからですよ」と。

なぜ、人は朝日や夕日をこんなにも美しいと思うのか。
そう考える時、僕はアフリカの大地で、その2つの光を追っている時のことを思うのです。
朝日を迎える前と、夕日を追ったその後。そこにあるのは、漆黒の闇です。
いのちの呼吸に、重く覆いかぶさるような、深く静かな闇。
その闇を破り、空を染め、地平を染めながらゆっくりと姿を現す朝日の美しさ。
その闇が襲ってくる前に、サバンナを焼き尽くすように燃える夕日の美しさ。
大きな光は、大きな闇を背負っているからこそ、輝くのですね。

「ああ、そうか!」
あなたは、何かに気づいたようでした。
「大腸がんという病名を聞いた時、私の頭にまず浮かんだのは、“死”の文字です。その時、私は闇を見たような気がした。そしていつも私のなかには、その闇がありました。
だが一方で、今、生きている世界が、これまで感じたことがないくらい、輝いて見えるようになったんですよ」

少し間違っているところがあります。
大腸がんは、“治らない病気”ではありません。初期ならば100%近く完治するし、生存率も高いんです。がんイコール死、というのは、早とちりですよ。


でもね。人間のいのちも、大きな闇を背負った時に、一層輝くんじゃないかと思うんです。
「生きるのはつらくて切ない」と思うからこそ、元気な時は輝いていたいと思う。せいいっぱい自分を自分らしく生きようと思う。
苦しさがあるから、幸せを感じることができる。
苦境のない人生は、きっと薄っぺらいものですよ。

闇を意識したあなたは、きっと今、うんと生を輝かせることができているのでしょうね。だからこそ、朝日の写真にこれほどまでに心を動かされていらっしゃるのかもしれません。

人間の最後の闇が、死であることは間違いありません。
でも、死は敗北ではないし、タブーでもないと思います。いつか必ず来るものだということを意識して、その死を輝かせようと思うことは、生を輝かせることになるのですから。
死ぬ時に「ありがとう」と言って死ねるかどうか。僕は、それが、生のゴールじゃないかと思う。自分でゴールの目標を決めればいいんですよ。「ありがとう」って、あらゆるものに言えるかどうか、ってね。

僕がアフリカに通い始めてから、もう20年以上がたちます。
自分がなぜこんなにもアフリカに惹かれるのか、わからないままに、ただただ感動を求めて通い続けたんですけれどね。
つい数年前、やっと気がついたんですよ。
僕が子どもの頃からずっと惹かれてきたもの。
それは、野生に生きている動物たちの、生き様だ、ということに。
サバンナはずっと僕に、真の“輝く生”と“輝く死”を教えてくれていたのですね。